可能なるチャランポラン

ワーク・ライフ・とんこつバランスの追求

お酒ってなんて素晴らしいの

8月26日(土) 曇り

結局、膝の痛みは緩和してきたものの、完全には取れないので今週の平日は走らなかった。私はレースに出たいわけでも誰かと競いたいわけでもない。ただジジイになって死ぬまで楽しく走りたいだけなので、怪我は完治するに限る。

 

中学の時、学校で一番厳しい部活と言われるバスケ部に入り、成長期と重なってオスグットになった。接骨院の先生は、部活を休まないと治らないよ、と言っていたが、休むわけにはいかなかった。それでいつまでも治らず苦労した覚えがある。

 

あの頃、私の日課といえば、朝は人より早く行ってシュート練習、午後は部活が終わったら家に帰って、録画してあったRock'N'Roll Band Stand 1987 in Fukuokaを見ながらうとうとすることだった。

 

Rock'N'Roll Band Standというのは、大晦日から正月の朝にかけて、各地で行われるロックフェスで、この1987年の福岡というのは、安藤秀樹、SIONレピッシュ、ZELDA、丁度真夜中にブルーハーツ、レッドウォーリアーズ、そしてトリはバービーボーイズという奇跡のような出演者で行われた。リアルタイムで観たわけではないが、その後編集されてBSで放送されたのを録画したのであった。

 

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それで、生のR&R Band Standに行きたいという思いが募り、中3の大晦日、満を持してBand Stand in 名古屋に行ったのである。友人と3人で。そのときのメンツは、最初がECHOESで、辻仁成が風邪をひいたとか言っていた。私はエコーズは好きだったので立ってノッテいたが、周りはまだ座っていたように思う。他の出演者はあまり記憶にないが、とにかく私たちの目当てはブルーハーツだった。ブルーハーツが出るのは、日付が変わる深夜か、トリかどちらかだと思っていたが、新年に変わる時間にカウントダウンをしたのはZIGGYだった。会場は全体が揺れるほどノッテいたが、ZIGGYは不満なようで、「お前らブルハのために温存してるだろう」「もってノッテよ」とか言っていた。すでに汗だくでノリノリの中3の俺らには、なんで不満なのかよくわからなかった。

 

ブルーハーツの登場はZIGGYのあとだった。「未来は僕らの手の中」から始まって、会場全体がまるでシケの海みたいにうねっていた。ZIGGYのときとは比べ物にならないほどの一体感だった。ZIGGYの言い分もそのときわかった。このとき、新曲の「イメージ」を聴いたのを覚えている。

 

ブルーハーツのあとは、カモンベイビーだったが、あとはもう疲れて覚えてない。最後に多くのメンバーが出てきたが、ブルハはいなかった。イベントは早朝に終わって、笠寺のレインボーホールをあとにした。

 

それはさておき、私はロックで食っていくという夢を抱いていたから、飽きもせず、毎日のようにそのビデオを観ていた。

 

今もこの深夜に観ている。焼酎ロック飲みながら。成長なんて、しねえよ、バカヤロー!!!